和多律五十嵐 靖

五十嵐靖 / 螺旋の思想

巡る。還る。昇る。

目の前の身体をみる。
生きてきた時間に触れる。
これからの自分へ、向きを定める。

五十嵐靖は、身体を通して、過去の経験と望む未来に働きかけ、その人の「いま」を調律しています。

その実践の中で育ってきた、身体と生き方の見方。
それが、螺旋の思想です。

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いまの自分

いまの自分は、どう形づくられたのか。

誰かの前で、言葉が出なくなる。

始めようとすると、身体に力が入る。

人と話しているうちに、ふっと動き出したくなる。

日々の小さな場面に、自分の反応が現れます。

五十嵐靖は、その反応を、身体の状態、これまでの経験、本人が使う言葉と照らし合わせてみています。

何を感じ、何を求め、どんな自分として生きたいのか。
いまの自分に目を向けることから、探究は始まります。

いまの自分を、完成形にしない。

まだ言葉になっていない想いも、試していない生き方もある。
身体から、自分を知る入口をひらいていきます。

現在 / 身体

巡る。

いまの身体から。

立っているとき、重さはどこにあるか。
話しているとき、息はどう動いているか。
腹に触れると、どんな張りや柔らかさがあるか。

その日の身体には、確かめられることがあります。

五十嵐靖は、腹を中心に、姿勢や呼吸、背骨の緊張、本人の感覚を照らし合わせながら調律します。

調律の前後で、どこが違うと感じるか。
日常に戻ったあと、どんなときに力が入るか。

身体を知る感覚を、その人自身のものにしていく。
「巡る」は、いまここにある身体から始まります。

過去 / 心

還る。

繰り返す反応の奥へ。

似た場面で、同じように息を止める。
言いたいことがあるのに、腹に力が入る。

五十嵐靖は、過去の経験と結びついて繰り返される身体の反応を、「身体記憶」と捉えています。

いま身体に現れている緊張と、その人が感じていること。
触れて確かめることと、本人の言葉を行き来しながら、その反応をたどります。

そのとき、自分は何を感じていたのか。
何を言えず、何を大切にしていたのか。

経験にもう一度触れることで、いまの自分から見えてくることがある。
そこから、これからの関わり方を探っていきます。

未来 / 意識

昇る。

望む未来を、いまの身体へ。

どんな自分として、人と向き合いたいか。
これから、何に自分の力を使いたいか。

その望みを、身体の感覚や、いま使う言葉と結んでいきます。

五十嵐靖が行う独自の「周波数調律」では、現在の悩みや人との関係、望む在り方を伺い、身体・心・気の流れを、その方向へ合わせていきます。

望む未来の自分を、いまに迎える。

その自分なら、今日、どんな言葉で話すだろう。
どんなふうに人の話を聞き、何を選ぶだろう。

未来へ向かう方向と、いまの身体、日々の行いをつなぐ。
五十嵐靖は、この見方を「未来を身体から設定する」と表しています。

螺旋という軌道

経験を重ねて、新しい現在へ。

身体に気づく。
繰り返す反応をたどる。
望む在り方を確かめ、日常で試してみる。

一見、間違えたように思える。
前に戻ってしまったように感じる。

五十嵐靖は、その出来事を螺旋の中で捉え直します。同じ場所に戻ったように見えても、経験を重ねた自分は、別の高さからその場面をみている。

過去の経験を、いまの自分から受け取り直す。未来についても、望む在り方や、そこへ向かう道筋を捉え直す。

過去と未来の再構築によって、現在が動き始める。

過去の受け取り方と未来への向きが変わり、いまの身体、言葉、行いが動き始める。五十嵐靖がいう螺旋は、この重なりです。

巡る。還る。昇る。
三つは行き来し、互いに関わっています。どこから始めても、確かめる場所は、その人の「いま」にあります。

過去経験の受け取り方

未来望む在り方・向かう道

過去と未来の捉え直しから、現在が動く螺旋 過去と未来から伸びる線が、現在の朱色の点に重なる。軌道は左右へ折り返しながら上へ続き、以前の現在と新しい現在は同じ側の別の高さにある。五十嵐靖の螺旋の思想を表すイメージ図。高さは経験と見方の重なりを表す。
過去と未来の捉え直しが、現在に重なる。戻ったように見える動きも、螺旋全体では別の高さにある。高さは、経験と見方の重なりを表しています。

整体や瞑想から受け取ってきた見方、自らの実践、目の前の人との調律。その中で育ってきた思想を、身体で確かめ、言葉にし、実践に戻していく。探究は、いまも続いています。

自分から、人との間へ。

自分が何に反応し、何を大切にしているのか。
それを知ることから、五十嵐靖は、人との関わりにも目を向けています。

相手には、どんな経験があるのか。
その言葉の奥で、何を大切にしているのか。

自分の想いを持ちながら、相手の世界も聞いてみる。
違いのある人と、何を分かち合い、何をつくれるか。

多を和し、自らの律を広げる。

和多律という名前に込めているのは、人と関わりながら、自分の生き方もひらいていくという想いです。

身体の変化を自分で感じ、必要なときに自分を調律する。
そして、学び、つくり、人と生きていく。

その力を手渡すことも、五十嵐靖の仕事です。

学びと実践の場、AMC

今も、思想が動いている場へ。

私の思想の進化がAMCの場で今の所行われている

五十嵐靖

個別の調律を含む、これまでの実践・思想・技法。
その集大成として、人とともに探究を続けている場がAMCです。

身体・心・意識のつながりを、自らの実践として深める。
そこで生まれる問いや気づきを、次の実践へ持ち帰る。

五十嵐靖の仕事に触れ、その探究に加わりたい方へ。
AMCで行っていることをご覧ください。

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